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毎年楽しみにしている文化庁メディア芸術祭を観に国立新美術館に行ってきました。

文化庁メディア芸術祭とは、新しい表現形態であるメディア芸術ついて、アートエンターテイメントアニメマンガの4部門で優れた作品を顕彰するとともに、受賞作品の観賞機会を提供するメディア芸術の総合フェスティバルです。

自分は見逃してしまいましたが、昨日のDOMMUNEでは、文化庁の長官である青柳正規氏が出演していたらしいですね。DOMMUNEでもここのところ、文化庁メディア芸術祭関連の番組を放映しているそうです。

さて、去年の展示は敢えて区画を区切りすぎないあっさりとした展示の仕方になっていましたが、今年は以前の作品ごとに壁で区画を設けた展示に戻っていました。個人的には、この展示の仕方のほうがひとつひとつの作品に集中して観れるので好きです。

ここでは、個人的に気になった作品を紹介し、その感想を。

<アート部門>

今年は大賞作品がないらしく、5つの優秀賞作品が並んでいました。このアート部門が一番メインになる展示なのですが、メディアアートに慣れ親しんでない一般の人たちには多少難解な作品が並んだりします。今回、知名度的な高さで一般的にも注目を集めていたのが、坂本龍一/真鍋大度の「センシング・ストリームズ 不可視、不可聴」です。

「センシング・ストリームズ 不可視、不可聴」
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人間が知覚できない電磁波を感知(センシング)し可視化・可聴化するインスタレーション作品だそうです。映し出された映像と音だけで観てたら、池田亮司のインスタレーションとも似ていますね。電磁波を使うところから去年の大賞作品であるカールステン・ニコライの「crt mgn」とも共通点があります。

「crt mgn」
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ただ、こういう形のインスタレーション作品は過去にも多く作られてきましたし、素材であったり技術的な部分が違うだけでアートとしての革新性は薄いような気がしました。メディアアートという側面から見ていきますと、こういう抽象的な作品より、よりエンターテイメントに寄った作品のほうが革新性を感じやすいとも言えます。そう感じるのも、昨今のプロジェクションマッピングなどに代表されるメディアアートの大衆化が、それを加速させたものだと思いますが。

個人的に面白いなと思ったのは新人賞のIvan Henriquesによる「Symbiotic Machine」です。

「Symbiotic Machine」
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藻類が光合成によって放出するエネルギーを吸収し、それを原動力として水面を移動するバイオマシンだそうです。ようするに藻類の生物活動だけで動ける機械ということで、放っておいても勝手に藻類を機械の中に取り込み、そのエネルギーだけで永久に活動できるという自立したシステムが出来ているのです。映像だけでなく、実際に目の前で動いてる姿も観てみたかったです。

<エンターテイメント部門>

大賞はモバイルゲーム、アプリケーションである「Ingress」

「Ingress」展示風景
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実は自分もすでにiPhoneにインストール済みなのですが、まだ一度もプレイしてないままです。現実世界とリンク出来るゲーム世界らしくて、自分が今現在いる場所や移動する行為がゲーム世界に影響するというものらしいです。私はこういう仮想世界と現実世界とが相互作用するというサイバーパンク的な世界に昔から強く興味があるので、早くプレイしてみなくてはと思っています。またプレイしてみての感想は、以後報告します。

優秀賞である、映像に映された実際の店舗の看板に自ら文字を打ち込める「のら文字発見プロジェクト」や、自分の姿を俯瞰的に捉えた映像が映されるヘルメットを被り動き回る「3RD」、新人賞であるスライムを触ると音が鳴るシンセサイザー「Slime Synthesizer」など、なかなかユーモラスな受賞作品が目白押しでした。

「3RD」
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「Slime Synthesizer」
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<アニメ部門>

自分は自分で分裂系を冠しておきながら、未だ萌え系アニメマンガが苦手です。この文化庁メディア芸術祭では、そのような萌え系、もしくはそれに準じたものも受賞作品として選ばれることもありますが、やはりアート寄りの短編アニメーションが受賞することが多いです。自分はその辺りが好きでこのアニメ部門の受賞作品を楽しみに観にきているのですが、今回も新鮮で素敵な作品たちに出会えて満足でした。

大賞のAnna Budanovaによる「The Wound」はある少女の心の傷(Wound)を独特なタッチで描いた短編アニメーション。空想の生物として現れたウーンドが少女を包み慰めるさまがとても愛しく描かれています。

「The Wound」ポスター
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「The Wound」


あと新人賞のZhu Yantongによる「コップの中の子牛」も面白かったです。「コップの中に子牛がいるよ。」と嘘をついて子どもに牛乳を飲まそうとする父親と、父親がいつも嘘ばかりを言うことを不満に思っている子ども。そんな父子の物語。

「コップの中の子牛」予告編


私が過去の受賞作品でいいなと思った作品たちもついでにどうぞ。

「rain town」石田祐康(第15回 新人賞)雨が降り続けて止まない街の物語。


「布団」水尻自子(第16回 新人賞)YouTubeで観れるのはTrailerのみですが、他の水尻さんの作品でフルにあがっているのも見付けられます。


「Airy Me」久野遥子(第17回 新人賞)国内に留まらず海外でも活動を行うCuusheのアルバム『Red Rocket Telepathy』に収められた「Airy Me」のPV作品。なんと制作に2年も費やしたのだとか。


「Ici, Ià et partout」冠木佐和子(第17回 審査委員会推薦作品)水尻自子の作品たちもそうですが、女性の感性で描かれたアニメーションはすごく官能的なものに感じます。


「Premier Automne」Carlos De Carvalho/Aude Danset(第17回 審査委員会推薦作品)「アベル」は冬の世界に、「アボリーン」は夏の世界にいる。それぞれが近付き過ぎるとお互いが傷付いてしまうことに。とても美しいアニメーション作品です。


<マンガ部門>

このマンガ部門もアニメ部門と同様、私のアンテナだけでは辿り着けない作品たちを賞してくれるので、新しい作品たちに出会える場として大変楽しみにしています。去年はある意味王道作品とも化した荒木飛呂彦「ジョジョリオン」が大賞をとったりしていましたが、今年は今年で興味深い作品たちが受賞していました。個人的にはこの作品たちを読んでみたいと思ったので、これから買って読んでいくのこれからの楽しみでもあります。

大賞
「五色の舟」近藤ようこ/原作 : 津原泰水

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新人賞
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この文化庁メディア芸術祭では毎年「受賞作品集」発行しているので、これを見ながら展示には至らなかった審査委員会推薦作品などを掘ったりしていくのが、個人的な楽しみのひとつです。

文化庁メディア芸術祭は会期が2.4→2.15までと短いですが、まだ会期中ですので観てない人は是非足を運んでみるとよいかと思います。ちなみに入場は無料です。

第18回 文化庁メディア芸術祭

会期 : 2015.2.4→2.15
料金 : 入場無料
場所 : 国立新美術館










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大それたタイトルにしましたが、これはかつてエスクァイア マガジン ジャパンから2003年に出版されていたムック本「新世代監督はアメリカ映画を救えるか」から取らせていただきました。

私は元々、映画を観ることに対しては熱心なほうではなかったのですが、何事にもこの新世代という言葉に弱い性分でして、このムック本を購入してからはここに紹介されている監督たちの作品を中心に、自分なりに映画史を掘り下げていったりしてました。とは言いましてもまだ途中の段階ですが。

さて、このムック本に紹介されていた監督たちはというと、『ブギーナイツ』『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』ポール・トーマス・アンダーソン『天才マックスの世界』『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』ウェス・アンダーソン、PV出身で『マルコヴィッチの穴』『アダプテーション』スパイク・ジョーンズ『セブン』『ファイト・クラブ』デヴィッド・フィンチャー『メメント』『イムソムニア』クリストファー・ノーラン(実は出身はイギリス)、『π』『レクイエム・フォー・ドリームス』ダーレン・アロノフスキーなどです。

ある程度、最新の映画事情に詳しい方なら、上記の監督たちが今現在、精力的に話題の映画や注目作を連発している監督たちであること知っているかと思います。例えば、ウェス・アンダーソンは上記の監督作以降、『ライフ・アクアティック』『ダージリン急行』『ファンタスティック Mr.FOX』『ムーンライズ・キングダム』を、スパイク・ジョーンズは『脳内ニューヨーク』『かいじゅうたちのいるところ』を、クリストファー・ノーランはこの中では一番名を上げた監督かもしれません。『バットマン・ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト・ライジング』という新バットマン・シリーズ、そして『インセプション』。まさかあの難解でカルトチックな『メメント』を撮った監督がハリウッドにおける一大ヒットメーカーの座にまで上り詰めるとは誰も予想だにしなかったのではないでしょうか?そして、ダーレン・アロノフスキーに至っては『レスラー』『ブラック・スワン』などの良作を残しています。

クリストファー・ノーランに関しては、最新作『インターステラー』が公開されていましたが、自分は例の如くDVD化待ちで観ることになりそうです。ノーランの映画は作を経るごとによりハリウッド化が進んでいるようで、初期作を好んで観ていたような自分にとっては少し複雑な気持ちになったりします。特に公開時、アメリカでの総興行収入が全米映画史上第三位を記録し、あらゆる映画好きから絶賛された『ダークナイト』に関しては個人的にはあまり乗れませんでした。必ず興行成績を上げれるアメコミものを撮って監督として名を上げ、最終的に自分の撮りたい映画を撮るための資金稼ぎにしたい、でも自分の表現したいテーマもそこにねじ込みたい、みたいな葛藤の様がスクリーンから漏れ出てるように感じ、あまり楽しめませんでした。まあ、元々アメコミものに免疫がないことも関係しているのですが。

で、最近観た上記監督の作品の感想を。

『ノア 約束の舟』監督: ダーレン・アロノフスキー

実は上記監督たちの中で、個人的に一番信頼のおける監督だと思っていたのがこのダーレン・アロノフスキー監督です。さすがに『π』の独創性を期待して、それ以後の監督作を観てきたわけではないのですが、毎回意外性のある主題が盛り込まれた作品群は観るものに事前に予想させない驚きがあります。特に『レスラー』はタイトルのダサさ(笑)からは想像出来ない人情味に溢れた傑作でした。孤独と絶望を抱えつつ、自分のやるべきことに回帰していく主人公(ミッキー・ローク!)の姿に涙した人は多いのではないだろうか?『ブラック・スワン』に於いても、人が様々な人間関係の中で身を削る想いで何かに打ち込む時の心象風景とはどんなものなのか、を見事な映像美で見せてくれたと思います。

で、この『ノア 約束の舟』ですが、タイトルからもわかる通り、「ノアの箱舟」を主題とした映画です。ここにきて随分と大胆な主題と言いますか、映画化を試みたなと思います。やはりこれだけの話を映画化するとなると、VFXの多様は免れないのは当然の成り行きですが、自分の中ではダーレン・アロノフスキーとVFXというのがあまり結びつかない感じでしたので、違和感を感じたというのが正直なところです。主題が主題なだけに物語に関しては、宗教観の薄い自分にとって語れる部分は非常に少ないで
すが、映像に関してはこの壮大な世界観を存分に堪能出来る作りだったかなと言ったところでしょうか。まあ、単純にあまり自分の主観とリンクするものがなくて、どう観てどう評価すべき映画なのかわからなかったというのが正直な感想です。個人的には、ダーレン・アロノフスキー監督がこのまま大衆受けを狙うVFX多様路線に進んで、クリストファー・ノーラン化してしまわないことを祈るばかりです。

『グランド・ブダペスト・ホテル』監督: ウェス・アンダーソン

相変わらずのウェス・アンダーソン節と言いますか、今回も通ウケし易い映画に仕上がっていると思います。特に定例となっている感のあるカメラ位置への拘り。今回はなるべく左右対称になるようにスクリーンが切り取られています。これも彼のお約束ですがファッションや小物類へ気配り。映画に映る全てのものが彼の拘りを通されているというブランド信仰にも似たひとつの安心感。簡単にまとめてしまえば、実にスタイリッシュな映画だということです。でも、そのスタイリッシュなところから飛躍しない感じは、映画に興奮や感動ばかりを求める人たちにとってはやや退屈に思えるかもしれません。物語的な部分に於いても普通に描いたらシリアスになり過ぎる展開をコミカルに描いて中和させる手法も彼らしいと言えるかもしれません。彼の作風は最近、国内で展覧会『ミシェル・ゴンドリーの世界一周』展を開催した『エターナル・サンシャイン』『恋愛睡眠のすすめ』『ムード・インディゴ : うたかたの日々』ミシェル・ゴンドリーの作風とも近接しているようにも思います。もちろん、手法が同じとは言いませんが、拘りの部分がそう思わせるという意味で。本人たちにとっては、そう称されて心外に思われるかもしれないスタイリッシュな映画を今後とも二人には期待したくなります。

『her/世界でひとつの彼女』監督: スパイク・ジョーンズ

実は感想をと書いておきながら、前出の二作に於いて、映画の作りであるとか、らしいとからしくないとかしか書いていないのには理由があります。単純に映画の内容が心に響かなかったからです。もっと言い換えると共感出来ない、もしくは他人事にしか思えない内容だったからです。そんなことを言うと映画通の人たちから、「共感するしないで回収出来るばかりが映画ではない」と言われそうですが、本当にそう思ってしまったのだから仕方のないことなのです。

実は最近気付いたことですが、少し前に洋画離れ洋楽離れと言ったことがメディアで騒がれていたりしましたよね。自分は昔から、邦楽より洋楽、邦画より洋画に惹かれる性分でしたが、何故かこのところそれに違和感を感じるようになってきたのです。これってもしかして、世間の洋楽離れや洋画離れと関係があるのかも?と思い始めました。ちょっと言い方が古くなりますが、所謂洋物文化と言うのは日本では明治以降、庶民の憧れの文化としての位置を示してきました。端的に言ってしまえば、自分たちの育ちや環境から離れたまだ見ぬ国の素敵な文化ってところでしょうか?ロックが日本に根付いたのも、イタリアンが当たり前の食事になったのも、その憧れの文化という観念が先にあったのだと思います。その憧れの文化を真似る形で、いろいろなものが日本流に翻訳されていったわけですが、やはりそれは「真似たものであって本物ではない」という感覚も同時に産み出していたと思うんですよね。そこで本物志向の人たちは、洋物そのもの、翻訳する前の姿を欲し、洋楽を聴いたり、洋画を観たりをしてきたと思うのです。

そこで現在ですが、以前翻訳する形で入ってきた様々なものが、「真似たものであって本物ではない」という感覚のものから、「真似たものであっても本物であってもどちらでも構わない」という感覚に移行したということがあります。それは原因として、かつて憧れの文化であったものが、自分たちで再生産、もとい自分たちのオリジナルと等しい形で作れることが可能になった。それと翻訳される前の姿を知らないという世代の台頭も影響していると思います。そうなった時に違う国の文化や違う国の人の振る舞いを無理に理解してまで、他国のものに触れる必要はないのではないか?という文化的閉鎖状態が洋楽離れ、洋画離れを引き起こしているものだと思われます。

自分は、まだ憧れの文化として洋楽や洋画を観賞し続けてきたのだという(あまり認めたくないけど)ことがあったのだと思います。自己分析的にみて。ところが、最近一気に特に洋画で起きてるようなドラマに没入出来ない自分がいて・・・要するに自分に余裕がなくなっただけだと思いますが。なんだ、結局関係ないか。

話がものすごく脱線しましたが、結局何が言いたかったのかと言いますと、この『her/世界でひとつの彼女』はそんな自分でも共感出来て、没入出来る作品だったということ。なので、普段洋画なんてみないなんて人にも勧められる映画かな?と思います。それと言うのも、とても日本人的サブカル・メンタリティに近い視点(繊細で傷付き易い心、セカイと君と僕)で描かれてる物語だからです。

時は近未来、主人公セオドアは幼なじみで妻でもある彼女と別居中で、別れるのは自分の決断次第という状況。そんな彼は未だに彼女のことが好きで別れには積極的に踏み出せない。そんな時、彼は最新のOSであるサマンサに恋をする。その恋に前向きになれたセオドアはやっと妻との別れを決断する。このあらすじだけを聞くとイタい男の話ねと思うが、実際に観ると結局人を好きになるってどういうことなんだろうね?って考えてしまうような内容。確かにサマンサみたいなOSが本当にあってこういうコミュニケーションを取ることになったら、セオドアのようになってしまうかもしれない。特に傷心中の身であったりしたのならば特に。もしかしたら、『(500)日のサマー』とかが好きな人にはストライクな映画かもしれない。ま、ようするに草食系サブカル男子映画ってことだけどね。

余談ですが、今回取り上げた映画の監督たち、ダーレン・アロノフスキー、ウェス・アンダーソン、スパイク・ジョーンズは皆1969年生まれだそうです。

で、「かつての新世代監督はアメリカ映画を救えたか」どうかは、自分のような者には答えは出せませんが、この辺りの監督が現在新しい感覚で映画の未来を更新していってる存在であることは確かなことでしょう。


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2015.01.30 分裂系とは?
ブログを立ち上げたはいいが、記事を一切書かずに半年も経ってしまった。

なのでこれが初投稿という怠惰ぶり。これからは頻繁にと言うと少し自信がないが、定期的には更新しようかとは思っています。お時間のある方はお付き合いの程を。

ブログタイトルにある分裂系とは、私の勝手な括りでして、

これが何を表すかと言いますと、音楽、映画、アート、マンガ、ファッションなどのカルチャーにはそれぞれの

ジャンル分けや住み分けというのがありますよね?

例えば、音楽なら大きく分けると邦楽洋楽

ジャンルで分けるとロッククラブミュージックメタルアニソン等に分かれていくと思います。

そして、クラブミュージックを例に取って更に分化していきますと

テクノハウスベースガラージEDM等に分かれていきます。

他の映画やアート、マンガやファッションなどもそれぞれをジャンルで分けていくと、先の音楽の例と同じく細かく分化することが可能かと思います。

しかし、その分化された先には個々の趣味性だとか、アイデンティティーの有り様で分化されたまま交わらない、もしくは対立した状態になることがままあったと思います。

これも例を挙げておくと、オタクサブカルインディーロック好きメタラーストリート系モード系というように。

でもこれは90年代までの話で、ゼロ年代以降はそれぞれが情報交換したり交わったりする形でいい意味でフラットになったのではと思います。

しかし一般的に、そのジャンルやスタイルを越えて「あれはアリだけどこれはナシ」という個人的選別していくのはけっこう根気がいると言うか、メンドくさかったりします。

そこで、そういうことをメンドくさがる人はどうなるかと言うと、世間的には典型的とされる枠に自分を押し込めて、その同じスタイルの人たちと同様の趣向を以て同化することを選んでしまう。

またここで例を挙げますと、

「俺はB-BOYだから、聴く音楽はもちろんヒップホップだし、着るものはストリート系Nas『Illmatic』最高!」とか、

「私はロリータだから、愛読書は嶽本野ばら「下妻物語」だし、足下はVivienne Westwoodロッキンホースで決まり!下妻に住みたーい!」だとか、

「自分的にはやっぱり渋谷系って大きいよね。フリッパーズギターとかピチカートファイブだとか。そう言えば渋谷にHMVが戻ってきたよね。やっぱり渋谷系にとってはHMV聖地のようなものだからうれしいよね。」とか、


「ほら、同じアニメと言ってもさあ、ジブリは僕ら的には違うわけ。えっ?じゃあ何なら僕ら的にアリかって?そりゃあ、GAINAXは外せないでしょ。」とか。

ちょっと逸れた気がするけど、要するに型にハマった方が楽だし、同じ趣向の仲間とも知り合い易いから楽しいかもねってこと。

でも個人的には自分の趣向を型にハメて、それ以外はシャットアウトというのは何か勿体ないよねって話。

だから、それぞれのジャンル、スタイルを横断する形で貫く一本の糸を発見し、それをうまくたぐり寄せ紹介出来ないかと言うのがこのブログの大きな目標。

しかし、それがうまく出来るまではそれぞれが分裂して脈絡がないように見えることから、それを分裂系と名付け、ブログタイトルを分裂系分化通信としました。

それと言いますのも、私個人の趣向がかなり分裂気味でして、典型的なジャンルやスタイルに固執するものではないところによります。なので、記事のネタの振り幅が一定の所に留まらないと予想されます。どんな物好きの方に読まれることになるのかはわかりませんが(笑)、了解の程を。

と言う前置き的な初投稿でした。

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